耳元で大きな音がしたと思ったら、節が見えるぐらいの距離に畳があって。
侍に馬乗りされた時、殴られたんだということにやっと気づいた。
枯れ落ち葉の紅の色 拾参
最初から、気にくわなかった。
旅の途中だかなんだか知らないけど、
しきたりを無視して、あたしを座敷に呼んだ侍。
うちに来た瞬間から金と刀を見せびらかして、
あたしに会っても当然だって顔しかしなかった。
適当に酌をして、終わらせようと思ってたのに。
組伏せられた。畳の上で。
そのまま、逃げることも出来ずに、嬲られて。
「お前いい女だな鈴音……また来る」
明け方に言われたその言葉を、思い出すだけで腹がたつ。
あの男の声も顔も、着ていた着物の色さえ思い出したくない。
抵抗出来ずにいいように弄ばれた事が腹立たしい。
でも、それを全部金と権力で片付けられたのが、一番悔しい。
花街で一番いい女の、このあたしが、金で全部、片付けられたっ
今までだって、嫌な客は山ほどいた。
それでも、
こんなに悔しい思いをしたことがあっただろうか。
自分の部屋の床の中で、歯を食いしばり拳を握り絞める。
嬲られた体より、折られた自尊心のほうが痛い。
鏡台に映る自分を見ればひどい格好で。
腫れ上がった頬も、痣のある首も、
この姿のどこが、花街で一番いい女なんだろう。
これじゃあしばらく客もとれない。
けど、それだけの金をあの侍は払って行った。
こぼれそうになる涙は、こみ上げる怒りにかき消される。
もう二度と会いたくない。
それでもきっと、あの男はまたやって来て、
金と力であたしの全てを買って行く。
悔しくて悔しくて、自分じゃどうしようもできないことがなおさら悔しくて、怒りで頭が沸騰しそうになる。
そんな頭の端で考えるのは一人の男のこと。
あたしとそっくりな顔をした、他人とは思えない、あいつ。
今日はあのばかが来る日なのに。
もう一度鏡を見る。
とても、白粉で誤魔化せる姿じゃ無くて。
こんなんじゃ、会えないじゃない。
今度は本当に涙がこぼれそうになって、鈴音は天を仰いだ。
あのバカといる時の温い空気が、たまらなく恋しくなった。
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