鏡音一家 参
階段を2段飛ばしでかけあがる。
ガードに使った腕と太ももが多少傷んだが気にしてはいられない。
なにせ、昼休みは10分前に始まっているのだから。
「遅いっ!」
屋上の扉を開けたとたん、叫ばれたのは、予想通りの言葉。
「悪、い」
上がった息を整えながら、リンに近づき、その足元に広がる敷物に腰を落とした。
「はい」
少し低めの声でだされたのは水筒の蓋。中に満たされた冷たい麦茶を一気に飲みほした。喉を流れる冷たさが心地よい。
「ま、急いで来たみたいだから、許してあげなくもないけど」
リンが敷物の上に手早く昼食をひろげた。小さな重箱に詰められた色鮮やかな食材がうまそうに輝く。リンから箸と取り皿を受け取り手を合わせた。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
リンの料理に黙々と箸をすすめていると、なんの予告もなくいきなり、リンの手がのびてきた。
学ランの襟を掴まれ、ひっぱられる。顔を近づけられ、間近からじろりと睨まれる。
「喧嘩してきたでしょ」
口の中のモノを噴くことだけはなんとか耐えた。
「図星ね」
これみよがしにため息をつかれる。
「もう……学ラン破れかけてる。脱いで」
見れば、確かに袖の部分が少し変になっている。拳についた血は気づいて落としてきたが、これには気づかなかった。
左手の手のひらにつけてしまった傷には気づかれないようにしないと。
大人しく学ランを脱いで渡すと、リンは胸ポケットから出した裁縫道具を手にごそごそとやりはじめた。
気まずくさを感じながら料理を口に運ぶ。
「今日は誰?」
視線を手元に落としたまま、リンが聞いてきた。
「3年のやつらだよ。何度追っ払ってもこりやしねえ」
「校内で喧嘩はあんまり賛成できないんだけど」
「仕方ねえだろ、あっちが」
「先にしかけてくる、から? そのセリフ、聞き飽きたよ」
そんなことを言いながら、彼女は縫い物を終わらせたらしい。裁縫道具を片付けて胸ポケットにしまった。
そして、オレの前にまた手を出す。
「手。消毒するから」
ばれていたらしい。
舌打ちをしつつ手を左手を出した。
リンの胸ポケットから絆創膏と、小さな消毒液が出てきた。裁縫道具と共に常備品らしい。
大したことないただの引っかき傷だから消毒液は必要ないんじゃ、と思いながらもリンの行動を見守る。
と、リンがオレの手を引き寄せ、傷の上にキスを落とした。
突然の奇行に目を丸くしていれば、手に唇を寄せたままリンが口を開いた。
「あたしね、レンのこの手が一番好きなの」
またまた突然の言葉に、彼女はどこかに頭をぶつけたのかとまで思ってしまう。
「レンは一家の若だから、喧嘩は仕方ないけど、でも」
「怪我はしないで」
セリフを奪ってやるとリンが目を丸くしてこっちをみた。
さっきの仕返しだ。
「聞き飽きたよ」
仕返しだと気づいてむっとするリンに笑いかけ、オレは彼女の手を引いた。
近づいてきた体を受け止め、その唇を奪う。
「愛してる」
そう言うと、彼女は笑った。
「そのセリフも、聞き飽きた」
ぽちっとおしていただけたら光栄です。
誤字とかも発見したら遠慮なく言ってやってください。
はくしゅ
PR