マイク
「は~。やっと終わった~♪」
レコーディング室でリンが大きく伸びた。
「いや、まだ半分残ってるから」
つっこむと、やっと半分終わったからいいのー! と、よくわからない回答を受けた。
なんだそれ、と思っていると、リンが部屋の隅でみかんを食べ始めた。
おいおい。
「なにやってんだよリン」
近づき小声で言う。ここは飲食禁止だ。
「だいじょーぶ。ここからなら柱の影になっててマスターに見えないから」
そう言ってリンは楽しそうにみかんを食べ続ける。
まったく。オレが告げ口するかもとか考えないのかよ。
口の前にある邪魔なはずのマイクをきれいに避けながらリンはテンポ良くみかんを口に運んでいく。
小さく赤い唇は閉じたり開いたりを繰り返していて。
「……なあリン」
「なにー」
リンはみかんに夢中でオレの方を見ない。
「口止め料、欲しいんだけど」
オレは右手を口元に持って行く。
「えー……むー」
しょうがないなあ、と呟きながらもリンはみかんを一房こちらに差し出そうとする。
「それじゃなくて」
左手を伸ばしリンのマイクを掴む。
狙いは不思議がって顔をあげたその唇。
一時、リンのみかんを運ぶ手が止まった。
「レンーちょっといいかー」
「……うーす」
柱の影から顔を出すと真剣な表情で楽譜をにらみつけているマスターが見えた。
「今行きまーす」
「じゃ、ごちそうさま」
マイクを離した手で、少し濡れた小さく赤い唇を拭い、オレは背を向けた。
邪魔された感はあるけど、まあいいか。
少し三日月の形になっている自分の口元を拭う。
やわらかさは十分堪能した。
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はくしゅ
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