執事とお嬢様 ⅱ
「不機嫌ですね」
紅茶をいれにきたその男は嘲笑まじりの笑顔で言った。
「なにか気にいらないことでも?」
「……別に。なにも。あなたには関係ないでしょ」
そっぽを向いて答えると、後ろからため息が聞こえた。
「お見合いのことですか」
なんで知ってるの、という問いは無意味だった。
どうせ最初からわかっていたうえで聞いてきたに違いない。
「今回もまた、けっこうなお家の御曹司だそうで」
すでに相手をしっかり把握してるのがその証拠だ。
ぺらぺらと相手の情報を語りだした執事に対して出たため息は呆れか、感嘆か。
「なんでもしますよ。あなたの見合い話を潰すためなら」
にこっと彼が笑う。
「許可をいただければ、私が変装して相手の男に会ってきますが?」
なんの冗談よ、と笑い飛ばしたかったが、想像してみれば許容範囲に収まりそうで結局なにも言えない。
「お嬢様に変装した私がお見合いに参加し、お嬢様が実は男だった、というデマを流す、なんて作戦はどうです?」
あんまりにはちゃめちゃなことを言われ、一瞬頭が理解を拒否した。
「……ば、」
ばかじゃないの!? と叫ぼうとしたけれど、目の前まで迫って来ていた空色の瞳に気圧された。
「そんなバカなことをしてでも、あなたの見合い話は私が潰します」
するりと顎を捕まれる。
やっと流れる雰囲気に気づいて慌てるけれど、すでに遅い。
「誰も来ませんよ、あなたが不機嫌なのをみんな知ってますから」
諭すように囁き、彼は私の体を椅子の背もたれに押しつける。
「実は、私も見合い話が入ってきたことで少し機嫌が悪いんです」
あなたと同じようにね、と彼は私の唇の先で笑う。
「覚悟、してください」
長い長い口づけの始まりだった。
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