枯れ落ち葉の紅の色 玖
濡れた手ぬぐいを、バカの額に当てる。
「どう?」
「平気、だ」
そう答える声も態度も、来た時とまるっきり違うから、
「……ふふっ」
思わず笑った。
「どう、した?」
おそるおそる、と言った感じでバカが聞く。
その様子に、また笑いがこみ上げる。
「ほんと、大違い」
「なに、が?」
「その態度よ。来た時と大違い。
さっきは偉そうに酌までさせてたのに、おどおどしちゃって」
「そ、れは」
言いにくそうにバカが目をそらす。
「そうするものだと、聞いたから」
なるほど。と納得がいった。
「一応勉強してきたのね」
だから、いきなり態度が大きくなって酌をさせたりしたのだ。
まあ、だけど。
「だが遅かった、な。すまない」
「まったくもってその通りね」
さらりと肯定すると、バカは肩を落として小さくなった。
「……もういいわよ」
あてていた手ぬぐいを外すと、額が赤く腫れていた。
痛そう、と自分でも思う。
我ながらずいぶん力いっぱい殴ったものだ。
それだけ怒りで頭がいっぱいになっていた、んだろうけど。
その怒りが今こんなに小さくなってるのは、
このバカが反省に反省を重ねているから。
あまりに申し訳なさそうな態度をとるから、
こっちが悪いことしてる気にさえなってしまう。
ああ、たちが悪い。
「忘れてあげるわ、特別にね」
うれしそうに輝いた瞳の上の額に手ぬぐいを当て直す。
「情を交わす気にはならないけど」
とたん、バカの視線が泳いだ。
いや、別に、そんなことは……と口ごもる。
また、思わず笑ってしまった。
ほんと、わかりやすい男。
なに考えてるのかわかんないやつと腹の探り合いするより、楽でいいけど。
「添い寝ぐらいなら、してあげてもいいわよ」
冗談で言ったその一言を。
本気にするとは思ってなかったのよ。
明かりを落とした部屋の中、聞こえるのは規則正しい寝息。
二本の腕にしっかり拘束されて、あたしはバカと布団の中にいる。
添い寝だけ、といったら、本当に添うだけで、
バカはあたしを抱きしめて、ころんと寝てしまった。
寝る前に飲んでいた酒のせいもあるんだろうけれど。
添い寝を言い出したのはこっちなくせに、
何もされないのを少し腹立たしく感じてしまうのは職業病だろうか。
手を伸ばして傷にかぶっていた髪をよけてやると、その下の目がうっすら開いた。
目が合った直後、抱きしめられて、耳元でささやかれる。
「好きだ」
小娘みたいに心臓がはねる中、続いて聞いたのは、
静かな寝息。
発作的に首を絞めそうになった。
なんでか呼吸が整わない。
頭が妙に熱い。
そんな私を抱きしめ、すやすやと子供のように眠るバカ。
こんな夜、
初めてだわ。
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