眠りにつく時に Ⅳ
レンに、会いたくて。
マスターとのレッスンをなんとか終わらせて、急いで帰宅して自分の部屋にかけ込んだあたしは、呆然としてしまった。
がらんとした一角。レンの私物がなくなっているんだということに気づくのに少しの時間がかかった。
ほんとに、いなくなっちゃうんだ。そう思ったら、涙が出てきた。
あわててレンを探したけど、レンの姿はどこにもなくて。途方にくれたあたしは、主のいない部屋に侵入した。
待つこと、数時間。
レンは、やっと帰ってきた。
「レンと、話、したくて、待ってた」
途切れ途切れに言われた言葉に、オレは、リンの存在をやっと認識した。
「なに、やってんの」
驚きが薄れて、
「だから、話、したくて」
「ばかじゃないの!」
濃くなってきたのは、怒り。
「早く出てけ!」
こんな時間に、一人で、オレの部屋に来るなんて、なに考えてるんだよ、こいつ。
オレが、リンを怖がらせたくなくて、必死にやっていることを。
なんで、そんな、壊すようなこと、するんだよ、リン。
「あたし、あたしっ」
「出てけよ早く!」
これじゃあ、部屋をわけた意味がない。
「出てけ!」
ぎし、とベッドが軋む音がした。それと同時に、すすり泣く声も。
ぺた、ぺた、と足音がする。
早く、早く、と願いながら、目を閉じた。
リンの姿を、今は見たくない。
見れば、暴走してしまうんじゃないかと思うほど、体が熱い。
肩に触れたなにかに、オレは息を飲んで目を開けた。
まさか、と思ったとたん、暖かいものがあたってきた。暗闇に慣れた目が、小さなシルエットをぼんやり映す。
彼女を受けとめられず、バランスを崩した。
まだ移ったばかりの部屋の中には、いろんなものが散乱している。危険を感じ、オレは共にバランスを崩した小さい体をひっぱった。
「いった……」
結局、オレたちの体は床に落ちた。ぶつけた頭と背中が痛いが、許容範囲内だ。
ほっとしたのもつかの間、背中に腕を回された。胸にすり寄るような感覚を受ける。
体が熱くなる。心臓が高鳴る。
「……放して」
「いや」
「放せよ!」
「いやぁ」
力ずくではがそうとするが、リンは必死に抵抗する。
「放せって言ってんだよ!」
自分でも驚くほどの大声が出た。
ゆるまった腕の中から抜け出す。
「待ってぇ」
小さな手に足を掴まれた。悲鳴に近い泣き声が聞こえ始める。
ひどい泣き方だった。体中の悲しみを絞り出している。そんな泣き方。
怖がらせたくなかったのに。泣かせたくなかったのに。こんな最悪な泣き方させて。
オレは、一体なにを、なんのために。
叫ぶような鳴き声に、聞いているこっちが切なくなった。
「リン」
この名前は、こんなに愛おしいものだったか。
「リン、泣かないで」
しゃがみ込み、手をのばすとさらさらした髪にふれた。足を掴む手を取り、握る。
「行かないから。ここにいるから、泣かないで、リン」
顔を上げたのが手を伝ってわかった。手探りで涙をぬぐう。
「ごめん」
細い体が腕の中に飛び込んできた。
愛おしくて、愛おしすぎて。
拒絶なんてできないほど、愛おしくて。
力の限り抱きしめた。
「ごめん。オレが悪かった」
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はくしゅ
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